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2008年11月04日

既存の宗教建築

最近の日本は,宗教心がなくなったと嘆く宗教人が多い。しかし私はそうは思わない。むしろストレスの社会で ますます宗教に頼りたくなっている人は多いような気がする。かつてオーム事件があったとき,その信者の中に高学歴の者が多いのに目を見張ったのは,私だけではないであろう。しかし鎌倉時代以降の宗教は,今 積極的に手を差し伸べようとしている宗派は少ないのではないかと思う。私自身,浄土真宗で,先祖の月命日にはお寺に来ていただいて読経してもらっている。しかし,読経もそこそこに次の檀家へ向かおうとする姿を見るにつけ,悲しくなる。でも,何か苦しいときには般若心経を口にすることもある。
ある外国人と寺町を歩いたときに,日本のお寺は なぜ 頑丈な塀に囲まれているのかと問われたことがある。キリスト教は少なくとも 常に手を差し伸べているのだと言う。レ・ミゼラブルのジャン・バル・ジャンもそうした環境で生まれた文学なのだ。
確かに今の日本は「国民総拝金主義」に成り下がった感がある。宗教人といえども食べないわけには行かないし,それなりに家族も養わなければならない。だからある意味で仕方の無いことかもしれない。
しかし,日常においてもう少し,社会に門戸を開いてほしい気がする。特に大震災などが興ったときにこそ,宗教建築は倒れず威風堂々と残り,ボランティアも大いに受け入れ,被災者に施しを与えてほしいと思っている。だからこそ 私は 宗教建築耐震化を押し進めて行きたいのである。
若い人たちが 占いなどのマヤカシや,新興宗教に頼ろうとする姿を見るにつけ,宗教心は決して廃れていないと思う。むしろ 宗教人の一般へのアプローチこそ必要なことなのだ。頑張れ,既存宗教の関係者たち!

耐震診断 寺院

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先日,ある寺院耐震診断に関わった。禅宗の寺である。歴史ある寺で,檀家はそこそこながらも やはり少なくなっていると言う。
禅宗の場合,その住職は本山から送られてくるようで,必ずしも血筋は繋がらないようだ。だからこそ新しい血,新しい考えで地元に密着した宗教の教えをとくことができるらしい。
前回は室戸台風のときに大改修をしたようであるが,このときの大改修は 結構 費用をかけたようで,先代の住職もある程度地震ありげだった。
結果は写真の通りで屋根裏や床下に問題が見える。多少のことなら小規模の改修で済むのだろうが,肝心なところがかなり痛んでいる。
さらに宮大工とはいえ,近年の地震力に対する考え方が考慮されていない。まあ,仕方の無いことであるが。。。
今回は本堂だけの調査であったが,本堂には100名から200名の信者が参詣に来るときもあるという。そんなときに地震がきたら,多分,小屋はその姿を残したままグシャリと潰れ,信者さんはその下敷きになるであろう。必要以上に脅かすのは本位ではないので,「大きな地震がこなければ問題ありません」とは言っておいたが,「できるだけ早急に改修するのが望ましい」とも付け加えておいた。