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建築・咲くやこの花中学校・高校
咲くやこの花中学・高校
大阪で初めての中高一環校,大阪市の学力低下に対抗することができるか?
先生が先生なら今のままじゃあ,無理だろうな。
これは,竣工前の見学会,エントランスホール部分。
ここがすべての学生の集いの場となる計画らしい。
しかし,ただ広いだけのホールは,単なる通りすがりだ。
これは,大阪のプロポーザルで取られた計画物件。
見学に先立つ説明会で,他のアイデアより優れていたところはどこか
聞いた人がいたが,説明者は答えられなかった。
プロポーザルとは言え,コンペである限り,
このプラン採用の動機があったはず。
選定理由など,計画者に伝わっていないはずないと思うけど。。
馬鹿にしているね。
建築・キリンプラザ大阪
キリンプラザ大阪が建設されたのは1988年のことであった。派手な看板の林立と行き交う群集に取り囲まれた500㎡余りの敷地というのが この建築物に与えられた「場の特殊性」である。用途は商業施設で,地下1階から3階までが飲食店,4階から6階までが多目的ホール,7階が吹抜け(一部管理部門)といった構成となっている。上層階の多目的ホールは一般に貸し出され,様々な文化活動に利用された。建物の外壁は黒御影石の本磨きとジェットバーナー仕上げ,一部にステンレスやアルミ・真鍮の装飾が施されている。そして 外観を特徴付けているのは6階部分から上部に伸びる4本の光の塔である。光の塔は建築物の上にぽんと載せられているのではなく,6階からの外壁を欠き込んで上に伸びた形で,建物本体に絡ませた一体的なデザインとなっている。
夜になると下部の黒御影部分は闇にまぎれて消滅し,4本の光の塔だけが闇夜に浮かび上がるのだ。まさに真っ暗な部屋にともされた行灯のようにすーっと浮かび上がる,しかも月光のような涼しい光で・・・・。明け方,夜が白み始めると光の塔は静かに眠りに入り,今度は黒御影の外壁が目覚めるのである。各面の周囲だけを本磨きとし,その内側をジェットバーナー仕上げとした壁面は,その黒い色のもつ独特の存在感を内部に秘めつつ 緩やかな口調で語り始めるような気がする。この夜の顔と昼の表情がこの建物の特徴の一つで,それぞれの気高さは,「雑多な大阪」という悪評を押さえ込んだ都市のシンボルとして,充分 その力を発揮しているのではないだろうか。
この建物が竣工した1988年頃は,日本の経済面において,バブル経済が崩壊し始めた時期でもある。土地本位のバブル期においては急激な土地高騰に対して建築コストが相対的に割安となり,建築物のデザインに対するコストはあまり問題にされなかった。投資は個の建物から建物群へ さらに都市の生産に集中し,哲学や思想の具現化の手段として建築のデザインがあり,総合的に文化を形成していった時代でもあった。よってこの時代には様々なデザインの提案があり,過装飾の建築物も多く建てられ,建築家のデザインコントロールがひとつの課題となっていた。バブル崩壊以降,いまや世界的に金融商品主体のバブル経済の様相を呈している。投資家の興味は金利の変動,金融商品に移行しているのだ。建築の課題は,どれくらいの収益をもたらすかが主流で,デザインより ローリスク・ハイリターン,建築生産過程でのコストダウン,高度利用性優先へと流れている。そういった風潮が次代の都市文化に対してどのように作用するかは歴史の流れに身をゆだねるしかない。が,「KPOキリンプラザ大阪」は,規模はさほど大きくないが,内外の建築デザインのみならず 映像や商業デザインなど一般文化に対してもそれなりの刺激を与えたことは,確かなことであると思う。
残念なことに「KPOキリンプラザ大阪」もその時代の流れに逆らうことはできず,2007年11月に閉館となった。商業施設なので時代の価値観に応じた変遷はやむを得ないが,この建物の持つ文化的意味という観点で考えると20年という寿命は短すぎる気がするし残念である。次に建設される建物が,この建物以上のインパクトを持ったものであることを願うのみである。
今は工事用の仮設塀が四周を取り囲み その向こうに外観だけは見ることができるが,内部に入ることもできず夜の光の輝きも楽しむことができない。間の抜けた昼の顔が夜空に突っ立っているだけである。