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コールドケースによる三浦和義の逮捕
以前、ロス疑惑問題の三浦和義 よく覚えている。
見るからに胡散臭そうなしゃべり方をする奴だと思っていた。
でも なぜ 今なのか?
WOWOWのコールドケース的に言うと、多分 新しい証言が起こったのだと思う。
つまり、FBIの手中にある別の実行犯が、司法取引によって全面的に自白したのだろう。
その際、テープレコーダーなどの証拠もいっしょに出しているのかもしれない。
以下 IZA より
ロス疑惑事件で、日本の在サイパン出張駐在官事務所の係官が26日、殺人容疑などで逮捕された会社役員、三浦和義容疑者(60)と面会。三浦容疑者は係官に対し、「サイパンは米国本土ではないからそういうこと(逮捕など)はないと思った」と、逮捕が予想外だったことを明らかにした。また、焦点となっている米本土への移送に同意するかについては「結論は出ていない」と述べた。
コールドケース
WOWOWで、放映中のコールドケース。
私の好きな番組の一つである。
でも なぜ こんなに古い事件で逮捕されるのか わからなかった。
コールドケースの例
1973年10月5日。女子テニス界の第一人者であるキングが男子選手リッグスを破ってから2週間後。ペンシルヴェニア大のコートでも、1人の女子選手が快挙を成し遂げる。新入生のアンディが、男子一テニスが上手い先輩、フリッツを破ったのだ。だが翌日、アンディは学生寮の自室で絞殺死体となって発見され、事件は迷宮入りする……。
そして現在--。アンディの妹エミリーがフィラデルフィア市警へ。アンディのコーチでもあった父親ビルの引っ越しの荷造り中、事件当夜にアンディが使っていたタオルが見つかり、それを触っているうちに気分が悪くなったという。検査の結果、タオルには人体に有害な薬品が付着していたと判明。リリーたちはコールドケースの扉を開く。
アンディとフリッツの試合は、コーチのスーザンが女子部の資金集めのために企画。まずビルの証言から、試合そのものを嫌がり、練習中からすでに荒れ、試合に負けた結果プロ入りを断念したフリッツに聞き込みが行われる。現在はテニスクラブでコーチをしているフリッツだが、アンディは自分より他の女子選手との確執のほうが大きかったと証言。しかも、女子部ナンバーワンの座をアンディに奪われたフリッツの元恋人、グレイスは化学を専攻しており、薬品を入手することができた。だが現在のグレイスは、事件当夜のアリバイを主張し、世間一般の男女格差に政治的に反対していたコーチ、スーザンがビルと対立していた事実を明かす。
現在のスーザンは体育部長に出世。彼女はビルとの対立は認めたが、当時の体育部長ブラウンを共通の敵とする味方同士だったという。女性を差別するブラウンはアンディに、わざと負けろと指示していた。だがブラウンは既に他界しており、リリーたちは当時大学新聞の記者だったエリックを訪ね、彼はブラウンのアリバイを証明。そして試合前夜のパーティでフリッツがアンディに接近し、グレイスが嫉妬していたこと、アンディにいたずら電話がかかっていたことを明かす。
グレイスは、タオルが自分のしわざだったことを認めるが、実は狙った相手はフリッツで、アンディが取り違えたという。そしてビルがアンディの寮に来ていたという。ビルはテニス以外の生活を楽しみたいというアンディに口論になっていた。
アンディを殺したのは一体誰なのか。そして、その理由とは……!?
建築・パース
東京にきた理由の一つは、パースの講習会
パースとは いわゆる 完成予想図、3Dのことである。
SketciUpを使っていろいろ加工する。SketciUpはパース作成の優れたソフトだと思う。ソフト作りの名人ならもっといろいろできるだろう。
茶道・薯蕷饅頭、福寿堂
お茶を習い始めたら切り離せないのが、お菓子である。
お干菓子と主菓子があるが、お濃茶などの正式なお茶には、主菓子が必要なのだ。(笑)
話はぜんぜん違うが、これまでお祝いなどに出ていた「じょうようまんじゅう」は常用饅頭だと思っていた。先日、帝塚山の福寿堂にいったとき「薯蕷饅頭」と書いてあった。福寿堂の人に聞くと、饅頭の皮のつなぎに「薯蕷」つまり、山芋を使うことから 薯蕷饅頭 というのだそうだ。知らないことが多いねえ。
しかし、シンプルな饅頭の割に 結構 高い金額であるが、福寿堂の人に言わせると「薯蕷饅頭は、以外に 手間もかかるし、お祝い物だから、ご祝儀相場の傾向がある」とのこと、なるほどねえ。
茶道教室
今日は茶道教室に行った。
昨年、「続き薄」までいき、今日は「袱紗包み」を教わった。
袱紗包みとは「突然たずねてきた客をもてなすに、十分 吟味していない棗を使うときのお茶の作法」である。
もちろん お濃茶を入れる作法であるが、棗を袱紗でくるんで置いておく作法である。
棗を袱紗で拭き終わったときに、くるりと手を一回転するところがミソである。なんとなくコミカルで、お茶目な感じがする。このあとは「貴重」にはいることになるが、唐物と和物があるらしい。それは多分来月からになるだろう。
まだまだ 小習い(こならい)の段階である。
建築・咲くやこの花中学校・高校
咲くやこの花中学・高校
大阪で初めての中高一環校,大阪市の学力低下に対抗することができるか?
先生が先生なら今のままじゃあ,無理だろうな。
これは,竣工前の見学会,エントランスホール部分。
ここがすべての学生の集いの場となる計画らしい。
しかし,ただ広いだけのホールは,単なる通りすがりだ。
これは,大阪のプロポーザルで取られた計画物件。
見学に先立つ説明会で,他のアイデアより優れていたところはどこか
聞いた人がいたが,説明者は答えられなかった。
プロポーザルとは言え,コンペである限り,
このプラン採用の動機があったはず。
選定理由など,計画者に伝わっていないはずないと思うけど。。
馬鹿にしているね。
建築・キリンプラザ大阪
キリンプラザ大阪が建設されたのは1988年のことであった。派手な看板の林立と行き交う群集に取り囲まれた500㎡余りの敷地というのが この建築物に与えられた「場の特殊性」である。用途は商業施設で,地下1階から3階までが飲食店,4階から6階までが多目的ホール,7階が吹抜け(一部管理部門)といった構成となっている。上層階の多目的ホールは一般に貸し出され,様々な文化活動に利用された。建物の外壁は黒御影石の本磨きとジェットバーナー仕上げ,一部にステンレスやアルミ・真鍮の装飾が施されている。そして 外観を特徴付けているのは6階部分から上部に伸びる4本の光の塔である。光の塔は建築物の上にぽんと載せられているのではなく,6階からの外壁を欠き込んで上に伸びた形で,建物本体に絡ませた一体的なデザインとなっている。
夜になると下部の黒御影部分は闇にまぎれて消滅し,4本の光の塔だけが闇夜に浮かび上がるのだ。まさに真っ暗な部屋にともされた行灯のようにすーっと浮かび上がる,しかも月光のような涼しい光で・・・・。明け方,夜が白み始めると光の塔は静かに眠りに入り,今度は黒御影の外壁が目覚めるのである。各面の周囲だけを本磨きとし,その内側をジェットバーナー仕上げとした壁面は,その黒い色のもつ独特の存在感を内部に秘めつつ 緩やかな口調で語り始めるような気がする。この夜の顔と昼の表情がこの建物の特徴の一つで,それぞれの気高さは,「雑多な大阪」という悪評を押さえ込んだ都市のシンボルとして,充分 その力を発揮しているのではないだろうか。
この建物が竣工した1988年頃は,日本の経済面において,バブル経済が崩壊し始めた時期でもある。土地本位のバブル期においては急激な土地高騰に対して建築コストが相対的に割安となり,建築物のデザインに対するコストはあまり問題にされなかった。投資は個の建物から建物群へ さらに都市の生産に集中し,哲学や思想の具現化の手段として建築のデザインがあり,総合的に文化を形成していった時代でもあった。よってこの時代には様々なデザインの提案があり,過装飾の建築物も多く建てられ,建築家のデザインコントロールがひとつの課題となっていた。バブル崩壊以降,いまや世界的に金融商品主体のバブル経済の様相を呈している。投資家の興味は金利の変動,金融商品に移行しているのだ。建築の課題は,どれくらいの収益をもたらすかが主流で,デザインより ローリスク・ハイリターン,建築生産過程でのコストダウン,高度利用性優先へと流れている。そういった風潮が次代の都市文化に対してどのように作用するかは歴史の流れに身をゆだねるしかない。が,「KPOキリンプラザ大阪」は,規模はさほど大きくないが,内外の建築デザインのみならず 映像や商業デザインなど一般文化に対してもそれなりの刺激を与えたことは,確かなことであると思う。
残念なことに「KPOキリンプラザ大阪」もその時代の流れに逆らうことはできず,2007年11月に閉館となった。商業施設なので時代の価値観に応じた変遷はやむを得ないが,この建物の持つ文化的意味という観点で考えると20年という寿命は短すぎる気がするし残念である。次に建設される建物が,この建物以上のインパクトを持ったものであることを願うのみである。
今は工事用の仮設塀が四周を取り囲み その向こうに外観だけは見ることができるが,内部に入ることもできず夜の光の輝きも楽しむことができない。間の抜けた昼の顔が夜空に突っ立っているだけである。
如月 (二月)
二月に入り節分も過ぎた。節分は太陰暦での年の節目である。年を重ねるにつけて,この節分の節目のほうが,自然の流れと人間の生理と観点から 本当の節目のような気がしてならない。今年の寒さも,この節分を境にして厳しくなってきたような気がする。
寒い寒いといいつつ, 私はこの冬の寒さが好きである。特に,深夜の凛とした冷たい風に ほほをさらしながら歩く御堂筋の景観は本当に美しいものだと感じる。無論 裸の銀杏並木をライトアップしている効果もあるが,寒風によって世の中のほこりなどを すべて拭い去ってくれているような感じがするのだ。
とは言え,実は先週 体調不良で 三日間 寝たきり状態であったのだ。身体の節々の痛みなど風邪の症状であるが,ウイルス性のものではなさそうである。熱は無いが,ともかく 身体が冷えて仕方なかった。そして,異常なガス発生の期間が半日,その後 ひどい下痢症状が一日。苦しいながらも,以前にも経験したことがあったような気がし,その記憶を紐解きながら(ああ,やはり記録はだいじだなあと反省)とにかく衣服で身体を温め, 三日目の後半から,ようやく回復の兆しがあり 5日目には ほぼ 完治したようである。今日は7日目だが,全く問題ない。
今回は医者には行かず,市販の薬と安静でなおしたが,医者に行けば,「風邪」もしくは「インフルエンザ」ということで,点滴,投薬ということになっていたと思うが,治癒の速さは同じだったと思う。
私のクライアントであり 個人的に尊敬をしている医師は,点滴を信頼していない。点滴するくらいならポカリスウェットを経口で摂取するほうが,人間の自然治癒力という点で効果があるという。
最近,医療費,地域医療施設の医師不足などマスコミを賑わしている。今の世の中の社会保障システムは ありがたいことに ある程度 充足しているような気がする。人間の身体も自然の一部であるので,自然を信じ,自分の身体を信じることで,雑多な手間を医師から開放すれば,高度な医療技術を必要とする患者に精力的に集中することができるのではないであろうか。
・・・・てなことをぼんやりと考えながら,ひたすら 惰眠をむさぼっていた。